2018年4月21日土曜日

もしかしたら、歴史に書いてある日記も嘘かもしれない。

もしかしたら、歴史に書いてある日記も嘘かもしれない。

わかりにくい文章でごめんなさい。
まあ、単純に。
テレビで「昔の○○を発見」とか見ることがありますけど。

昔の人が書いたもので、
○○年の×日には、なになにが起こった。そして、この人は。あれこれした。
という文章が書いていたとします。

これを書いた人は「何か地味だなあ」と感じて。
「そうだ、少し派手な文章にしよう」とちょっとした冗談を入れたりして。
それがまさか、後の世に発見されて。

例えば、源義経(みなもとのよしつね)はからす天狗から修行をしてもらい。
ものすごい身体能力を見につけて、武蔵坊弁慶を退治し仲間にした。とか。

徳川家康は鯛の天ぷらを食べたせいで、とか。

本当のことかもしれませんが、
明らかに、これを本当に鵜呑みにするとおかしい?と思うところがあり。
昔の人が、「やっぱりちょっと地味だから、少し変えようっと」と思って変えたりして。

なんで、こういうことを思ったかというと。単純な話。
インターネットがある今の時代ですら多少の嘘の記事を混ぜたとしても。
それを信じて。みんなが騒ぐので。
ましてや今はスマホを持っているのがほとんど当たり前になっている時代。
そのスマホでのニュースやメールにすら騙される人がいるので。

昔の紙に書いてある文章は本当にそう書いているのか?
私は読めませんけど。そして読めたとしても、本当にそういう文章なのか?
そして、本当にその出来事通りを書いたのか?人間の脳ってかなりいい加減ですからね。
本人は嘘を書いたつもりじゃなくても、うっかり書き間違いはあるでしょうけど。
昔の紙は貴重品。しかし、それでも人間が書くのですから、多少の失敗。
書き間違いや、文字を間違えたりそういうのもあるかもしれません。わかりませんけど。
もし、その日記みたいなのを書いた人が、書き間違えて、「いいや、この文字で」と
そのまま書き続けて、それが偶然にも未来に残って。
それを発見した人が、その文字を解読。「なるほど、こういうことだったのか」と
文章を全部鵜呑み。っで、今、歴史ではこういうことがありました。教えられる。

っで、何十年後かには、
「実は今まで教えていた歴史は間違っていて実はこうでした」とさらに変更されたり。

昔の人は外国の人を見たら何か怖いものが来たと書いていますからねえ。
確かに、昔の人から見て外国の人は未知の人ですから。怖いとは思います。
っで、今では外国の人を見ても。何とも思わないとおもいますが。
昔の人の日記みたいなのでは。そういう些細なことでも、間違えて伝わることがありますから。

昔の人が書いた日記が嘘かもしれないというのは、表現が違いますが。
本人は、もしかしたら本気で真面目に書いたのかもしれませんけど。
しかし途中まで書いたのはいいけど、一部間違えたり失敗とかがあったりして。
でも、「まあいいか」と思ったら。それが偶然にも。未来の人に見つかって。
昔はこういうことがあったと、正しいことも間違えたことも伝わってたりして。

今の時代も、編集というもので、人を騙したりする人がいますから。
本当のことなのかどうかの判断を自分で考える人が少なくなったかもしれません。
まあ、いつものでたらめなことを書いているんで、一切気にしないでください。

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